Vol.7 市議会議員のチカラ

~理想の街づくりのために、長期戦でもあきらめない~

教えてくれた人 いがらしちよ 相模原市議会議員

大学卒業後、女優を目指し、舞台等で演劇の活動経験を重ねながら、飲食店でのアルバイトやホームヘルパーをし、生計を立てる。芸能事務所に所属後は、CMやテレビ、映画出演も重ね、活動の幅を広げる。2007年杉並区議会議員初当選、2011年からは幼少期から育った相模原市に戻り、相模原市議会議員に当選。結婚、離婚を経て、一児の母としての視点も持ちながら、子どもたちにとって幸せな未来になるための街づくりを目指し、活動を行う。

<市議会議員として大切な能力は何ですか?>

1. 問題解決能力 課題発見力 情報収集力 創造力 柔軟性

いろいろな人の相談や陳情等を預かり、どこかに解決策を委ねるのではなく、自分自身で問題の本質を背景も含めて考えられるかが大事ですね。問題の源流を遡って行くと違う問題に行きあたることもあります。その上で、解決方法をいくつも考え、どんな解決策がベストなのか、自分が何をすべきなのかを見出さなくてはなりません。そのプロセスの中では、調査能力や解決方法をこだわり過ぎず、柔軟に選べるチカラも必要だなと思います。

皆さんが議会を想像した時、何かの問題に対して追及するシーンが浮かんできたりしませんか?実際よくあることですし、もちろん不正に対しては厳粛に対処しなくてはいけません。ただ、過失や不足に対しては、私は問題の原因究明はもちろんですが、そこに留まることなく、どうやったらその問題を解決できるのか解決に向けての提案にエネルギーを注ぐことを大事にしていますね。 2. コミュニケーション能力 傾聴力 説明力

いろいろな場面で、コミュニケーション能力は大事ですね。 何を市民の人たちは一番望んでいるのか、ご相談に対してちゃんと聴きとれるチカラは大事です。問題の本質や優先順位を考えながら、聴くことを心がけています。

市民の方と日々接している職員さんとの対話でも、職員さんが感じているやりづらさや違和感を本音ベースで引き出せるよう、質問を沢山します。本音がわかれば、じゃあ何を変えれば良い市政になっていくのかが見えてきますから。そのために私自身も本音ベースで話すことを心がけています。それが自分らしいコミュニケーションスタイルでもあり、信頼を得るためにも必要なことだとも思っています。

また、特に議場では質問を論理的にわかりやすく伝えることは心がけています。私自身は直感的な人間でもともと論理的な説明はあまり得意な方ではなかったのですが、議員になってからは、事前にしっかり準備し、ロジックを組み立てるようにしています。おかげで質問がわかりやすいと言われることも多くありがたいです。

3. 諦めないチカラ  粘り強さ

政策提言をしても、すぐに形になることばかりではありません。街づくりは長期戦。一度提案してすぐには目に見える変化がなくても、諦めずに何度も伝えていくこと、実現する方法や道筋を一辺倒にしないで柔軟に捉えること、そして時にはちょっとペンディングにするなど、根気強さは大切です。諦めずに、希望をつなげることを信じてやっていく感覚は大事かな、と思っています。結局そこを大事にしないと長いものに巻かれろ、という思考になり、巻かれているうちに自分が何をしたかったのかよくわからなくなってしまうのです

一番関心があることは、今の子どもたちやその先の世代につけをまわさない街づくりであり、市政です。相模原市は、これから様々な公共施設が更新の時期となり、改修費のピークを迎えますが、かつての財産が負の遺産にならないようどう対応していくのか、決断を迫られていきます。それ以外にも、リニアの駅ができたり、米軍の補給廠の一部が返還されたり、これから街づくりでやるべきことが沢山ある街なんです。

その相模原を未来の人たちにより良い世界として残すための街づくりをするには、財政の問題をシビアに見定めて、成長時代のようなインフラやハコモノへの過剰な投資をやめ、教育や人材育成など人づくりに注力することが重要ですし、多様性のマネージメントも大事です。私はこれからの時代の成長の可能性は多様性を活かし、一人一人の個性や能力を最大限に発揮できる社会にすることにかかっていると考えています。多様性の中から新たな産業やイノベーションが生まれるのではないでしょうか。そして多様性を相模原市がどう受容し、どう活かしていくのか、考えていかなくてはなりません。いずれも、一筋縄ではいかない長期戦なテーマばかりなのです、笑。それでも、こうした未来に向けた私の提案が、少しずつですが形になってきています。根気強く、諦めないチカラは必要ですね。

議員の仕事は長期戦。たまに子どもの服を無性に作りたくなるのは、

服を手作りして味わうプチ達成感で、バランスをとっているのかもしれない。

<なぜ市議会議員になろうと思ったのですか?>

ずっとなりたかった女優を目指し、大学卒業後は、就職せずに、舞台での活動や演劇の勉強を続け、アルバイトで生計を立てていました。自分でも不思議なんですが、その当時は「苦労せねばいい女優にはなれない」という思い込みがあって、演劇をしながら、「この人のようになりたい!」と思った人脈も胆力もある魅力的な女性オーナーの元、飲食店で修業のような日々を送っていました、笑。

自分の足りないものを埋めようとする必要なんてないんだと自己受容できるようになった頃、ようやく彼女の元を離れ、事務所に所属しました。別のアルバイトは続けながらも、役者としての活動により比重を置くようになり、CMやテレビ出演の仕事も増え、自分の中では、このまま女優を続けていくつもりでした。

そんな時、誘われて参加したホームパーティで、ある無所属の地方議員の方に出会い、勉強会に誘われました。政治には全く興味はありませんでしたが、政治家の世界を覗いてみることも自分の演技の幅を広げてくれるだろう、というつもりで、参加してみたんです。すると、何度か参加するうちに、その方から「杉並区議として出馬してみないか?」と誘われたんです。「へ???」という驚きですよね。

自分に政治家の選択肢なんて微塵もなかったので、「私、真逆の人間なんで。政治家嫌いなんで」「政治家ってルールを作る人ですよね? 私のしている芝居というものは、想像力を膨らませて、ルールを破らずにルールの外、枠組みの外に飛び出るものなんです。100%政治とは違いますよね? 」とかなり強く即答でお断りしました、笑。

でも、その方は、「わかった。でも誰にも相談しないで、一度じっくり考えてみて。聞くと必ず反対されるから」と引き下がりませんでした。全然やる気がないからこそ「わかりました!」と元気に答え、言われた忠告も無視し、家族や親戚や友達に聞いてみたところ「いいじゃない、やりなさいよ!」って、なぜか聞く人がみんな言うんですよ。それにまたびっくりして、「えぇ… 反対されるって聞いたんですけど!!」みたいな感じでしたね、笑。

「どうしてみんな賛成するんだろう」と改めて自分を振返った時、小・中・高と、何かしら学級委員やら生徒会役員などリーダーをしていた自分を思い出しました。なかでも鮮明に覚えていたのは、高校1年のオリエンテーションの討議でリーダーを務めた時のことで、私の母校は大学付属高校だったので、中学から進学してきた内部生と、高校から入学した外部生との間になんとなく微妙な空気があったんです。私が最後の挨拶で「今まで内部生と外部生の間に壁があったけれど、みんなといろいろな話ができて良かったです」と言ったら、外部生の子が「よく言ってくれた」と言わんばかりに泣いちゃったんですよね。

無意識に、みんなの代弁者みたいになっていた自分がいて。そこから高校時代も自治会(生徒会)の役員を引き受けるようになりました。リーダーシップというより、「みんなに貢献する」みたいな感覚は強く、それは今の市議会議員のスタンスにも近いものがあるかもしれませんね。

もともとの自分の気質を思い出し、プラス、周囲の人が私に期待してくれるものがあるのなら、私でも役に立てることもあるかもしれない。ならば、挑戦だけはしてみればいい、選ばれなかったら、それは違ったんだと思えばいい、実はそれが議員になった正直なきっかけなんです。

その当時、政治の世界をほとんど知らなかった自分が議員としてできることは何なのかを考え、「演劇も活用し、子どもたちのコミュニケーション能力が豊かに育つための教育環境を実現したい」という思いを軸に、杉並区議に立候補し、有難いことに当選し、その後3年7か月区議を務めさせて頂きました。その間、結婚、出産し、自分の中の子育てや教育、街づくりといったものに対しての価値観はがらりと変わりました。その頃、友人などから地元で議員をやって欲しいというありがたい声を頂き、自分が育った相模原市に戻って、これからは相模原のために議員として力を注いでいこうと決意しました。

お陰様で、今年で相模原市議会議員も7年目に突入です。この4年間は無所属で活動しているため、選挙戦や活動はたしかに大変な部分もありますが、自然と応援して下さる方が増えてきていて、本当にありがたいな、一人一人の方から思いを託されることの重みを忘れてはいけないなって強く思う毎日です。

相模原の街づくりへの思いに賛同し、応援して下さる方々への感謝は尽きない

<市議会議員とはどんな仕事なのでしょうか?>

市議会議員の役割は、市民の声を市政に反映することです。行政が正しく行われているかをチェックし、時には厳しく追及します。議案には条例の制定・改廃、予算承認、決算認定、税金や使用料・手数料の決定、契約の締結、公共施設の利用、財産の取得や処分、損害賠償額の決定など、様々なものがあります。また、議案の提出は限定的ですが議員にも認められていて、議員提出議案として提出することもあります。

議会の際には、議案について、資料を相当読み込み、情報収集してから議決に臨みますし、質問の際も、市民の人の声を聞き、現場を調査し、質問の原稿も論理的にわかりやすく書いた上で臨むので、一つの仕事にものすごく細かなフェーズがあります。

もちろん日々市民の方からのご相談を伺う時間や、そのご相談に対しての対応、調査、調整等もあります。ほかにも視察や議会報告などの情報発信もあり、市議会議員は秘書もいないので、仕事量は常にオーバー気味です、笑。

そんな中で私が大事にしていることの1つは、勉強会への参加と開催です。あまり議員が行かない民間の勉強会にも積極的に参加し、世の中の人々が今何を問題にしているのか、情報や問題意識、世界の流れをいち早くキャッチできるように心がけ、街づくりの視点に活かすようにしています。また、自分でも会派(颯爽の会)や「さがみはラボ」という任意団体で勉強会を開催しています。LGBT支援やオープンデータライブラリーの開設、ユニバーサルデザインを反映した街づくりなど、私が提案したことで、実現につながったもののヒントは、そういった多様な人たちとの学びの中から得たもの多いですね。

もう1つは、しがらみのない立場で市民のみなさんと身近に触れ合える場です。自分が住む地域と育った地域のお祭りや活動には、積極的に参加して、地域の人の最近の状況についてちゃんと話が聞けるように心がけています。子ども会にも属しているので、トウモロコシも焼きますし、おもちも作りますよ、笑。選挙を意識して、有権者の人たちと接触回数を増やそうと、バッチをつけて単に顔を売りに行く、といったことは自分の性には合わないのでしていません。その代わりに、「政治のはなしきほんのき」というミニ講習会や、「朝会@さがみはラボ」という様々なテーマで自由に対話する会などを開いて、普段はなかなか接することのできない方々からもお話を伺えるよう心がけています。自分に嘘をつかない誠実な活動をする中で、私のやろうとしている政策や街作り、相模原市議会の現状を理解してもらえればと考えています。

朝会@さがみはラボは、市民の皆さんとの自由な対話でともに成長しあえる貴重な場

<一日の仕事スケジュールは?>

6:00 起床 7:40 子どもと朝食・学校へ送り出し、そのまま市役所へ 7:50 登庁 資料の確認・情報収集・調査等 9:00 市民の困りごとや市の施策等について職員にヒアリング 11:00 市民相談 12:30 昼食(パソコンに向かいながらおにぎり、のパターンも多い) 15:00 勉強会に参加 18:30 学童クラブに子どもを迎えに行き、夕食 19:30 地域団体でのミーティング 22:00 帰宅 ※議会があるときは9時半から17時まで議会に出席し、その後会議があることがほとんど

<仕事のやりがいや面白みはどんなことですか?> 提案が実現につながった時、市民の方の役立てたなという実感を持てた時、志のある市の職員の方たちと街づくりに対して一緒のベクトルで向えているな、と感じられた時などはやりがいを感じます。

ただ、具体的な提案が実現につながっても、根本的な問題解決や改善はその先にあることもあり手放しでは喜べないところもあるのです。例えば、児童支援専任教員の設置や女性起業家支援などの取り組みも提案が実現につながった一例ですが、設置後、児童生徒たちのためにちゃんと機能しているか、女性の起業家はではどれぐらい増えているのか等、その後を追うことが大事なので、実は終わりがないのです。

そういう意味では、今、障害のあるなしに関わらず、子どもたちが一緒に遊べるユニバーサルデザイン公園を相模原につくることを提案していますが、これが実現して、そこで多様な子どもたちが一緒に遊んでいる姿を見たら、号泣してしまうかもしれません。それでもつくることがゴールではないのです。

みんなが輝く相模原を目指した提案が実現につながった時は嬉しい。けれど終わりはない。

<今までで最も大変だったことは何ですか?>

前回選挙の時ですかね。無所属、シングルマザーとしての選挙活動はやはり大変でした。選挙前の駅前での活動では、朝、子どもを一人で家に置いていけないので、毎朝父にきてもらい、娘を見てもらって、私が駅での活動を終えてから、自宅に戻り、保育園に連れていく、みたいな感じの毎日でした。

私を信じて応援してくれる人に支えられました。朝、私より先に行って場所をとってくれたり、配るのを手伝ってくれたりして応援して下さる方の存在や、本当に手作りみたいな選対本部でしたが、よくまわりに支えていただいて当選できました。

無所属、シングルマザーの選挙戦。周りが支えてくれたから子育てとなんとか両立できた。

<逆に一番嬉しかったことや印象深かった経験はありますか?> お子さんの小学校入学前の学校とのコミュニケーションのことでお母さんの相談に乗り、教育委員会との間で問題解決に向けて関わらせて頂いたことがあったのですが、後日ばったりとお会いしたそのご家庭のおじい様が、お会いするなり、地面に膝をついて、「本当にありがとうございました。今は孫も元気に学校に行っています」とお礼を言って下さったことがあったんです。その時はもうちょっと言葉にできない、感情がこみ上げてきて…… 思い出しても涙が出そうです。自分の娘ぐらいの年齢の私にそんな風に言って下さって。お役に立てて本当に良かったと思っています。 <地方議会議員の仕事の未来はどうなっていくと思いますか?>

議員の未来はわかりませんが、市政がこうなったらいいなというのは、あります。でも、それはある意味、議員の存在意義を議員である私自身がどんどん小さくする考え方かもしれません。私は、未来の市政においては、行政が情報をもっとオープンにすることで市民の自発性を促し、そこにいろいろなステ-クホルダーを入れて、協議や対話ができるようなプラットフォームを作り、民意と専門性を持った民間の意見をどんどん取り入れられるようにしていったらいいのではないかと考えているんです。そうすれば、プロボノ的に関わってくれる人、財政の分析をしてくれる専門性を持った人、社会実験をする代わりに協力してくれる企業、なんていうのもより多く出てくるかもしれません。

実際、行政だけでは物事が進まない時代です。市民にとっていい政治ができるなら、もっとフレキシブルに都度最適な多様な人が関わって、一番いい選択ができるように、政治が機能できればいいのでは、と考えています。もし、そういった市政が実現したのなら、今のまま変化しない議員はその存在意義を問われることになりますよね。議員一人一人が明確な専門性を持つ、あるいはファシリーテーションのスキルを持って多様な人たちの意見や能力を活かす、といった力が求められていくかもしれませんね。 <今の仕事と同じように向いていそうな仕事はありますか?> イキイキできるのは、何かを生み出したり、変化を起こす仕事ですね。私の中には理想の社会や世界があって、それを実現したいという思いがあるのです。現実は大切だけれど、理想も失ってはいけない、と思います。今あるものを越え、より良いもの、人々の本当の願い、本音を実現したくて、この仕事を今しているんだと思います。

女優と政治家は真逆だと思っていたけれど、そこは共通点かもしれませんね。芝居も、現実にはなっていない潜在的な人の欲求や希望がそこに表現されていて、その表現が人を刺激し、人の心や行動に変化がもたらすと思うからです。なので、女優の仕事も今と同様自分には向いている、というか好きな仕事の一つだと思います。 キャリアカウンセラー舛廣純子の シゴトのチカラ考察

高校・大学の同級生である私からすると、「あ~、市議会議員になったんだ~。ありえる! ありえる! 」まさにそんな一面を彼女は昔から持っていたように思います。「長いものには巻かれない芯の強さ」「本音で語り合うコミュニケーションスタイル」は高校のホームルームでクラスメイトの多くが同調する意見にも怯まず、自分の意見を伝え、分かり合うまで議論を重ねようとする彼女の言動を彷彿とさせました。「長いものには巻かれない芯の強さ」は、長い時間をかけて、女優の道を地道に目指してきた彼女のキャリアそのものによって、「あきらめないチカラ」へと進化していったのかもしれません。

「一人一人の個性や能力が最大限発揮できることが、これからの経済成長のカギを握っている」と考える彼女は、もともと多様性志向の強い人でもあり、だからこそ、多様な人と「コミュニケーション」をし、自分とは違う環境に置かれている人からの学び・吸収を大事にしています。貫くだけではない柔軟性やしなやかさも彼女の大きな武器と言えるでしょう。

彼女は議員にとって必要なチカラとしてはあげませんでしたが、彼女の話を聴いていてもっとも彼女の本質的なチカラであり、議員として発揮されているのは「ビジョン策定能力」ではないかと感じました。ありたい未来、希望、夢、理想、誰もが願っていても、それを言語化し、具体化し、目標として掲げられるかというと決してそうではないのではないかと思います。もちろん組織の中で役割を担い、ビジョンを考えなくてはいけない立場に置かれる人もいるかもしれませんが、自然体でそれができ、かつそれが自分自身のモチベーションリソースになる人は決して多くはないでしょう。そこにモチベーションがあるからこそ、多くの人を巻き込み、粘り強く、議員を10年以上続けられているのではないかと私には感じられました。


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